やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

トランプVSゼレンスキー、壊れ逝く世界の果てに


 日本が取るべき道はどっちなの、という話もありつつ、俺たちの石破茂さんは割と穏当などっちつかずの話をねっとりとお話されていました。

 いろいろ言われる石破茂さんですが、私のポジション抜きに考えても「まあ、日本としてはそう言うしかないのではないか」と思います。

石破首相「思いやりや忍耐ある外交を」 米ウクライナ会談決裂めぐり

 ウクライナ側からすれば、アメリカからの支援があってもなお対露戦線では苦戦しているところ、その支援の命運を握っているのはトランプさんとヴァンスさんという状況において、いかにアメリカからケチをつけられないようにするかという「下請け」のポジションですから、いままで通り「支援されて当然」な態度ではなく、可能な限りトランプ陣営の言うことも踏まえたうえで粘り強くYESを引き出す交渉であるべきではなかったか、と思います。

 加えて、ここから地上軍込みで欧州がウクライナ支援をするよと言っても、実際に戦場で旗を立てて対露応戦を始めるまでには数カ月間、これをウクライナ側は戦線維持できるのかという現実論も立ちはだかります。もちろん、私個人としては何とかウクライナもってくれよと思うのですが、アメリカが価値観外交から完全に手を引き、ウクライナにある資源を「ディール」の対象とするからには、これからの世界は核を持った大国にはひれ伏さざるを得ない力と力による対抗が当たり前にある時代となり、小国は常に大国同士の思惑に翻弄される時代が幕開けしてしまう恐れもあることは理解しておくべきでしょう。

 このような状況の中で、仮に日本が… という話をするのもまた当然であって、いまや中国とロシア、北朝鮮とロシアという連携で三方向からの安全保障上の圧力を受ける日本が何の手当ても準備もせず生き延びることはむつかしいのではないかという危機感をもって然るべきです。同様に、ウクライナのように祖国の存亡を賭けた戦いに日本が挑むことになったとして、今回のようにアメリカから「ディール」を求められる可能性は十二分にあるんだよという話になると、これはもう何の資源もない日本にとって実力で平和を勝ち取るための方策を練らなければならない状況に陥ったとも言えます。

 これは、決してアメリカを信頼できなくなったわけではないが、一定の支持率を維持するトランプ政権が4年間のうちにいままでの国際秩序を台無しにする可能性があれば、それなりに割を喰うのはアメリカの庇護で何とか安全保障体制を維持してきた日本のような国が一番割を喰う可能性があるんだよということでもあります。実際に戦争になったとして、アメリカ以外に援軍は来ません。この緊張感をもって、いまの国際情勢を日本は見ているのかということでもあります。

 同様に、対露、対中で日本が直接の妥協を強いられる局面が来たとして、台湾海峡や朝鮮半島、南シナ海での事案に日本が確固たる立場を示すことができなくなる恐れだってあります。もちろん、いまの習近平体制にそこまで踏み込む動機があるのかどうかは慎重に考える必要はありますが、正直「何か決断されたときに、総崩れにされる怖れが強い」という状況で何ができるのかということに尽きます。特に、偶発的な事件・事故が発生して、事態がエスカレーションした場合に、トランプさんが気まぐれに「日本を支援しない」とか「日本に援軍を出すにあたっての『見返り』を米国民に求める」ようなことがあれば、ウクライナ国内の比じゃないぐらいに日本国内でアメリカに裏切られた感はあるでしょう。

 そもそもが、ブダペスト覚書で世界第3位の核兵器保有国であったウクライナがアメリカとイギリスの安全保障を受け入れて、崩壊したソビエト連邦の後継国・ロシアに1996年に核兵器を移譲して非核国になっているのです。いわば、核兵器という切り札による対抗手段がないからこそ国土が危険に晒されたという論が(賛成するかどうかはともかく)出てくるのも当然のことです。ましてや、当初から非核国である日本が核保有国であるアメリカの擁護なしに地域の安全保障を担えるのかは非常に大事な論点となるのです。

 そして、アメリカが自ら人権や民主主義といった、アメリカをアメリカたらしめる普遍的な価値観による護持者としての役割を放棄したトランプ政権は、台湾を守る、韓国を守るといっても「それは気分によるものなんじゃないの」って話になって当然です。結果的に、日本はほぼ対等な目線で韓国との具体的な同盟の締結や、台湾、オーストラリア、フィリピンなど話の分かってくれそうなところに積極的に足を向けて手を結んでいく外交が求められていくことでしょう。

 このような立ち居振る舞いについて、本当にいまの日本の外交当局は分かっているのかとほうぼうから文句をつけられている途上ですが、まあ、そうなんですが、一事において一歩引いて慎重な態度を示すのが日本外交の特色だとするならば、何をスピンとして態度を変えていくか、値踏みをしていく段階にあるのではないかと個人的には思います。

 少なくとも、いざというときのための準備はしておこうというのは、日本にとって相応しいあるべき態度なのかなあとは考えています。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.469 米ウクライナ会談決裂の先にある日本の未来を憂えつつ、切羽詰まった偽情報対策の行方やファクトチェック廃止に至ったMetaの話題などを取り上げる回
2025年3月3日発行号 目次
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【0. 序文】トランプVSゼレンスキー、壊れ逝く世界の果てに
【1. インシデント1】偽情報対策がいよいよ煮詰まってきた話(対策練ってねえで早くやれ編)
【2. インシデント2】Metaのファクトチェック廃止へ至る道程を振り返る
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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